小学低学年の頃、小泉八雲の「怪談」や、上田秋成の「雨月物語」を、
夢中になって読みました。(小学生用に、易しく書かれたものでした)

あまり熱心に読みすぎて、いつも姉と布団を並べて寝ていたのですが、
「もしも姉の首が夜中にのびたらどうしよう。
 首をつかまえて元に戻してやらないと可哀想だし……」と真剣に心配しました。

いまだに日本の怪談話は怖いのですが、外国映画の「悪魔が~~」は平気です。
これはやはり、世界観・宗教観の相違なのでしょう。

ところで昨年の春、夫と二人で福岡市内・天神中央公園で花見をしたときのこと。

一角に、[福岡藩刑場跡]の碑があることに、初めて気が付きました。
場所が川の近くなので、刑場として使ったのでしょうか。

満開の桜と行き交う人々の楽しげなざわめき、
傍らににひっそりと刑場の碑、何という対比だろうと胸を衝かれました。

「魂魄この世にとどまりて~~」は、四谷怪談の台詞ですが、
刑場であれば、尚更思念がその場所に留まっているような気がしてきました。

合理的な説明が出来ない何かに触れ、怖れと畏れを抱いたからこそ、
昔々から、さまざまな怪異を題材にした物語が出来たのだと思います。

それにしても。

小泉八雲=ラフカディオ・ハーンの人生は、波瀾に満ちていますが、
日本で著した作品の数々、何という才能でしょう。

 

 

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